五段階モデルを超える悲嘆のカウンセリング――クライエントが十分に喪に服すために
キューブラー・ロスの五段階を超え、二重過程モデルと継続する絆の理論、そして遷延性悲嘆症と正常な悲嘆を見分ける臨床的視点を解説します。

この記事のポイント
悲嘆を抱えるクライエントを前にすると、キューブラー・ロスの五段階に頼りたくなります。けれども現実の喪の作業が、整然とした順序をたどることはほとんどありません。ストローブとシュットの二重過程モデルは、健全な悲嘆を喪失志向と回復志向のコーピングのあいだの揺れとして捉え直します。デニス・クラスの継続する絆の理論は、その目標を、故人との関係を断ち切ることではなく、「不在ではあるが存在する」ものとして再定義することに置きます。臨床的には、DSM-5-TRで新たに定義された遷延性悲嘆症(PGD)と正常な悲嘆とを見分ける眼も求められます。本稿の狙いは、一人ひとりのクライエントに固有の悲嘆のリズムを尊重し、十分に喪に服せる場をひらく助けとなることにあります。
「もうそろそろ乗り越えるべきでしょうか」――クライエントを全人的な喪の作業へと導く
臨床家に、これほど同時に無力さと責任の重さを感じさせる主訴は多くありません。新しい、あるいは未解決の悲嘆を抱えたクライエントです。「もう一年になるのに、まだ涙が出ます――どこかおかしいのでしょうか」「みんなはもう前を向いて生きなさいと言うのに、どうしてもできないのです」。そうした言葉を前に、私たちは実際に何を語ればよいのでしょうか。
私たちの多くは、養成課程でキューブラー・ロスの死の受容の五段階(否認、怒り、取り引き、抑うつ、受容)を学びました。けれども面接室は、めったにモデルどおりにはふるまいません。悲嘆は、ゴールへと一直線に進む行進ではなく、予測のつかない波となって押し寄せます。現代の死別研究は、力点を「段階を完了すること」から、統合と継続する絆へと移してきました。クライエントが罪悪感なく十分に悲しみ、その喪失を人生の続いていく物語のなかに織り込めるよう支えるには、丁寧で波長の合った介入が必要です。本稿では、古典的な段階理論を超えて、悲嘆という雑然として再帰的な現実に向き合うための臨床的な戦略と具体的な技法を見ていきます。
悲嘆を捉え直す――段階ではなく、揺れとして
クライエントが――そして時に臨床家も――抱きがちな最もよくある誤解は、悲嘆はいつか終わるべきものだという思い込みです。現代の死別理論、とりわけストローブとシュットの二重過程モデルは、悲嘆を、抜け出すべき静的な状態としてではなく、行きつ戻りつする動的なプロセスとして描き出します。
喪失志向と回復志向のバランス
死別を経験した人は、一日のうちでも、失った人を恋い慕って涙する(喪失志向)一方で、その一時間後には滞っていた請求書を支払い、友人とコーヒーを前に笑う(回復志向)こともあります。これは矛盾でも回避でもなく、健全な適応のメカニズムです。私たちの仕事の中核の一つは心理教育です。悲しんだ次の瞬間にほほえむという、この揺れがまったく正常なことだとクライエントが理解できるよう助け、ほっとした瞬間や心が軽くなった瞬間に罪悪感で自らを罰しないようにすることです。
継続する絆の理論を用いる
古典的なフロイト派のモデルは、喪の作業の課題を、故人へのリビドー的な愛着を撤収することとして捉えました。デニス・クラスの継続する絆の理論は、それとは正反対の立場をとります。目標は関係を断ち切ることではなく、それを再定義すること――亡くなった人との関係を、新たな**「不在ではあるが存在する」**かたちで保ち続けることです。面接では、これによって言葉が「あの人を手放さなければなりません」から、「その人は今、あなたのどこに生きているでしょうか」といった問いへと変わります。
正常な悲嘆と遷延性悲嘆症(PGD)を見分ける
私たちの務めは、悲しみをその十全なかたちで受け止める場をひらくことであり、同時に、その悲しみが病的な領域へ踏み越えていないかを臨床的な眼で見守ることでもあります。DSM-5-TRに新たに加わった**遷延性悲嘆症(PGD)**は、ふつうの喪の作業とそれを分かつ明確な基準を示しています。期間の長さそのものは指標ではありません。長く続くというだけで悲嘆が病的になるわけではないのです。しかし、強い苦痛が日常機能の著しい障害と結びついているとき、専門的な介入が求められます。
表1.正常な悲嘆と遷延性悲嘆症(PGD)――臨床的な比較
| 観点 | 正常な悲嘆 | 遷延性悲嘆症(PGD) |
|---|---|---|
| 時間的な経過 | 強度はしだいに和らぎ、波となって訪れる | 強い悲嘆が12か月以上持続する(児童・青年では6か月以上) |
| 自尊感情 | おおむね保たれる | 著しい自己の価値の引き下げ、自己価値感の喪失 |
| 肯定的感情 | 断続的に喜びやユーモアを感じられる | 肯定的感情がほぼ不可能、情動の麻痺 |
| 故人をめぐる思考 | 慕わしさと追憶が中心 | 強迫的なまでのとらわれ、あるいは極端な回避 |
| 治療の焦点 | 支持的カウンセリング、悲嘆に寄り添う作業 | CBT、補助的な薬物療法の検討、トラウマ焦点化の作業 |
介入の要点
- 意味の再構成: 喪失の出来事そのものに留まり続けるのではなく、その喪失がクライエントのより大きな人生の物語のなかで何を意味するのかを探ります。「なぜこんなことが私に起きたのか」という問いから、「この悲しみを抱えながら、私はどう生きていくのか」という問いへと移れるよう助けます。
- 二つのトラックによるアプローチ: 二つのトラックを同時に進めます。一つは故人との関係(記憶や感情)に、もう一つはクライエントの現在の機能(仕事や人間関係)に注意を向けるものであり、スーパービジョンを用いて両者のバランスを保ちます。
記録とテクノロジーを用いて、より精確に作業する
悲嘆の作業は情動的に密度が高いものです。クライエントが語るすべてのなかには、故人との関係の力動、罪悪感の源泉、そしてまだ平易には言葉にできない意味を担うメタファーが含まれています。そうしたニュアンスを捉え、十全な喪の作業を真に支えるには、セッションをどう記録し、どう見直すかが重要になります。
非言語的な手がかりとメタファーを捉える
クライエントが「悲しいです」と語ることはまれです。代わりに、「胸の上に石が乗っているようです」と言います。そのメタファーこそが、しばしば臨床作業の鍵となります。けれども、うつむいてメモを取っているあいだに、私たちは表情の微妙な変化、声のつまり、決定的なイメージを取り逃がしてしまいます。視線を合わせ、注意をそらさず全身で在り続けることこそ、悲しむ人とともに在ることの本質です。
AIを活用した記録から臨床的洞察を引き出す
AIを活用した記録・文字起こしツールという分野が広がりを見せ、事務的な負担に対する一種の共同治療者として機能しはじめています。単に発話をテキストに変えるだけでなく、こうしたツールはセッション全体にわたるパターンを浮かび上がらせることができます。クライエントが最も多く用いた感情語、沈黙が生じた頻度、話題の移り変わりなどです。
たとえば、こうした要約を見直す臨床家は、クライエントが直近の三回のセッションで「ごめんなさい」という言葉を15回使っていたことに気づくかもしれません。その一つのデータは、悲嘆が慕わしさよりも罪悪感に固着している可能性を示す客観的なサインとなり、次のセッションの目標が自己赦しになることもあります。こうして用いれば、テクノロジーは臨床家を機械的な事務作業から解放し、クライエントの悲しみを抱える**器(コンテナ)**として全身で在り続けることを可能にします。カウンセラーのために設計された、セキュリティを最優先とするAIパートナー――Modalia AI――は、まさにこのために作られています。クライエントのプライバシーと臨床家の注意の双方を守る、文字起こし、ケースフォーミュレーションの支援、そして記録です。
おわりに
悲嘆のカウンセリングとは、傷ついた心を縫い合わせて傷跡を消すことではありません。むしろ、その傷が膿まずにきれいに癒えていくよう助け、残された人生の模様のなかに織り込めるようにすることに近いのです。段階モデルを超え、二重過程モデルと継続する絆の理論に作業の基盤を置き、一人ひとりのクライエントに固有の悲嘆のリズムを尊重しましょう。
私たちが差し出せるべき一文は、もはや「悲しむのをやめる時です」ではなく、こうであるはずです。「あなた自身のペースで、十分に悲しみ、思い出し続けてかまいません」。そしてその対話の深みで取り逃がしてしまいかねない貴重な手がかりは、テクノロジーに捉え、見直す手助けをさせましょう。臨床家の温かな注意と、明晰なデータが出会うとき、クライエントはようやく全人的な癒しへの道に踏み出せるのです。
参考文献
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よくある質問
キューブラー・ロスの五段階は、悲嘆の作業において今も臨床的に有用ですか。
五段階モデル(否認、怒り、取り引き、抑うつ、受容)は、もともと死別ではなく死にゆく体験を記述するために生まれたものであり、現実の悲嘆が定まった順序をたどることはまれです。現代の実践は、悲嘆を完了すべき段階の連なりとしてではなく、再帰的で揺れ動くプロセスとして捉える、二重過程モデルや継続する絆の理論のようなモデルを重視します。
悲嘆の二重過程モデルとは何ですか。
ストローブとシュットによって提唱された二重過程モデルは、健全な悲嘆を、喪失志向のコーピング(喪失への直面、慕わしさ、悲しみ)と回復志向のコーピング(日々の課題の処理、新たな生活の構築)のあいだの揺れとして描き出します。両者を行き来することは回避ではなく適応的であり、クライエントはこの行きつ戻りつを正常なものとする心理教育から恩恵を受けます。
正常な悲嘆と遷延性悲嘆症をどう見分ければよいですか。
期間の長さだけが指標になるわけではありません。DSM-5-TRによれば、遷延性悲嘆症は、成人で12か月(児童・青年で6か月)を超えて強い悲嘆が持続し、日常機能の著しい障害、著しい自己の価値の引き下げ、情動の麻痺、強迫的なまでのとらわれや極端な回避を伴うものです。これらの特徴は、CBTやトラウマ焦点化の作業といった、より専門的な介入の必要性を示すサインです。
継続する絆の理論は、悲嘆を抱えるクライエントへの語りかけ方にどう関わりますか。
デニス・クラスと結びつけられる継続する絆の理論は、喪の作業の目標を、故人との関係を断ち切ることではなく、「不在ではあるが存在する」つながりへと再定義することとして捉え直します。実践においては、これによって言葉が「あの人を手放さなければなりません」から、「その人は今、あなたのどこに生きているでしょうか」といった問いへと移ります。
本記事は、Modalia AIの臨床ガイドラインに基づいて作成・チェックされ、公開前に専門家による確認を経ています。
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